前回の話はこちらから↓
娘が公立や多摩美などにこだわったのには訳がある。
彼女なりの学歴コンプレックスがあったのだ。
少しでも偏差値の高い難しい美大に入りたい、勉強が苦手なら絵で良いところに行きたいと。
関西の私立の美大芸大は、専願ならほぼ入れるという状況だったのだ。ひどいところは、絵を描けなくても入れる!などとうたっているのだ。それじゃあ、3年間頑張ってきた意味はどこにあるんだろう?
もっと上を目指したい。
でもそれは、私の影響を受けてそうなった部分も多少あると思う。
小、中学生の時、勉強があまり出来ず落ち込みそうな時に
「勉強が出来る子は学校にいっぱいいる。でもあなたほど絵が上手く描ける子は他にいる?だからすごい才能があるんだよ」と言って聞かせたのだ。
今になって思うと、それは娘を励ましているように見えて、教育ママの母の思想を多少なりとも受け継いだ私自身を納得させていたんじゃないかと思う。
ある年の多摩美の入学者高校一覧には、出身県では、県立高校で一番の偏差値70の高校と、娘が通っている偏差値50の高校の2校だけしか掲載されていなかった。
勉強が出来なくても、すごく勉強が出来る人と最終学歴が一緒になる、というのはすごい魅力だった。
高2の1月末に県内高校のアートフェスタがあり、賞をもらった時に、普通科の偏差値の高い高校の子たちが異常に上手くて親子でびっくりしたことがあった。
娘は美術科なので授業中も描いているため、制作に相当時間を費やせる。それに対して、普通科の子たちは、放課後の部活の時間に描いて大作を仕上げているのだ。しかも60号クラスの大きな油絵を。
やっぱり勉強が出来る人は集中力も違うと思うし、次にこう色を重ねたらこうなるって想像やイメージがつくから早く描けるんじゃないか、などと話していた。
京都市立芸大を第一志望としながらも、どうもはっきりとした目標が定まらないまま高3になった娘。
どうしても画塾に通いたいと言う。
美術系高校なので、高3はほとんどが美術の授業になる。
だけど、学校だけでは限界を感じているようだった。
学校のライバルたちに差をつけたいという思いもあったのだろう。
2年の春に一ヶ月間だけ通った近所の画塾の門を再び叩いた。
そんな中、転機が訪れる。
学校から高等教育の修学支援制度の書類をもらってきたのだ。
よく見るとなんと親の所得によっては給付型の奨学金があるという。
令和2年にはじまった国の大学無償化の一環の制度だった。
前からそれとなしに知っていたが、学費の給付だけだと思い込んでいたのだ。
資料には、学費だけでなく、一人暮らしの費用の給付もあると書かれてあった。
こんなことってある?
これが通れば、関西の私大でも東京の私大でもたいして変わらないんじゃない?
と私の中で何かが変わった。
私は娘が高1の時に仕事をやめてから一年以上無職だった上に、所得をだいぶ落として仕事をしていたのだ。そして旦那は小さな自営業。
早速貯蓄額と計算をする。
「多摩美、行けるかもしれない」
娘に言うと、めちゃくちゃ喜んでいた。
早速学校でもらっていた資料などを色々見ていると、多摩美には、総合型選抜入試という入試がある。
昔のAO入試だ。
11月にあり、その人の意欲とか人間性とか高校生の時にしていたことなどを総合的に見て合否を決める入試で、いわゆる専願になる。
そして、これには「勉強」は必要ない。学科試験がなく、代わりに「小論文」があるだけなのだ。
奨学金は、高3の5月のGWまでに学校に書類を提出し、修学支援制度にまず申込をする。
大学は受験予定で、国公立か私立か、自宅通いか一人暮らし希望かだけ記載する、夫婦と奨学金を受ける子どもの貯蓄額を記載する。(貯蓄額は、現金で2000万未満ならOK)
秋ぐらいに自分がどのランクの給付が受けれるかの通知がくる。
早速画塾の先生に「多摩美を受ける」と言うと、専攻は決めているのか、という話になる。それは学校選びと同様ぐらいに重要なところだ。
専攻によって倍率も入試の対策も入試内容も全て変わるからだ。
娘は「まだ決めてません。油絵しか思いつかない。」と正直に話すと、
「テキスタイルが良いんじゃないかな?前から卒業後は就職希望と言っていたので。ファイン系は就職は厳しいけど、多摩美のテキスタイルは就職出来るよ!それに倍率もからも目指せる位置にいる。」と。
「就職ってどんなどころですか?」
「最近は車メーカーとかにも就職しているし、色んな業種から応募があるよ。」とのこと。
帰ってから私に
「お母さん、画塾の先生に、多摩美ならテキスタイルが良いんじゃない?って言われたけど、テキスタイルって何なん?!」
え、テキスタイル知らんか?!と思ったが、糸や布、染色など幅広く学び、それを使って服やインテリア雑貨など色んなものを制作するところ、と伝えた。
テキスタイルが向いてそうと言われたと。
確かに、娘はファッションやオシャレも好きだし、テキスタイルはオシャレな子が多そう。
何より先生が30年前とは言え、多摩美にいたので、真実味があった。
この時、すでに4月の終わりだった。
テキスタイル専攻の、総合型選抜入試の入試内容を確認する。
小論文
デッサンと色彩構成5時間
作品3点持ち込みの面接(翌日)
いけるかもしれない。
前年の倍率も2倍ぐらいだ。
しかも定員より多めに取っている。
ただ、合格参考作品が非公開だった。
ネットで検索しまくって、大手予備校に通っていて合格した人の合格再現作品を見つける。
なるほど。
デッサンは大丈夫だろう。
後は、問題は色彩構成。
ずっと油絵を描いていたので、色彩構成は今から必死でやらないといけない。
なんせ、ずっと絵画を描いてきたのだ。デザイン系を受けるとは思っておらず、色彩構成は全く手をつけていない。
そう、テキスタイル専攻はデザイン系なのだ。
小論文も並行してやらないと。
あとは、作品。何を持っていけば良いのだろう?
そんな中、夏のオープンキャンパスの予約が6月に始まった。
2022年のオープンキャンパスは、コロナの影響で完全予約制だったのだ。
予約は2~3日で埋まったと思う。
7月のしとしとと嫌な雨が一日中降り続ける連休初日、私たちは初めては八王子にある「多摩美術大学」へと足を踏み入れたのである。